予約を取り直して、質問メモを持って臨んだ私に対して、プロフェッサーKは彼なりに一生懸命応えてくれた。
 「今まで見た中で、2番目にひどい顎の骨折だったが、そのわりによく治っているから安心しろ。」
と彼は繰り返した。
 これまでも「コンプレックス(複雑)」だとか「シリアス(重篤)」という言葉がちらちら出ていたが、そこまで深刻(「セカンド・ハーデスト」)な話とは思っていなかったし、そんな気もしなかった。だって、事実上ほって置かれているのだから。
 一番目は、もともと細く繊細な骨をした老女の骨折だということだが、正直、「セカンド」は、何人もいそうだと思った。


 口がまだ開かないと訴えると、身長を聞かれるので、センチで答えると、「アイム・イングリッシュ」と首を振られた。フィートとインチでないと通じないらしい。すでに「寸」という単位を体で理解していない現代日本人にとって、口が何センチ開くのかはセンチでやりとりしているのに、身長はそれではわからないという尺の感覚が不思議で仕方がない(1)。
 自分と比べようと思ったのか「立て!」と言うので立つと、一度口ごもったあとプロフェッサーKは、
 「女性の口は平均4~4.5センチ開くが、君は口の大きさから見て元から3.8~4センチくらいだったのではないか?」
と言った。立ったら意外に身長があったので、身長から計算できないと思ったのだろう。
 だいたい、様々な人種の入り乱れるこの国で、口の大きさが身長とどの程度比例しているというのか。だが、日本の口腔外科のページを見たり、周りの人にどのくらい開くのか聞いたりした結果、自分はそんなものだったろうという実感はあったので、受け入れた。

 折れ方から見て、元の8割くらいしか開かない可能性はあるが、開けたときに痛みが出ているのは、今は筋肉や腱のはずだから、痛くてもリハビリしろ。回復は、努力次第だとのことだった。
 「君も日本人ならがんばれ!」
 ――そういう国民性語りは知ってるんだね…。
 痛みの原因が骨折自体ではないという情報は、聞いてよかった。


 ただ、やはり、かみ合わせは、変わってしまったのはやむを得ないという診断だった。顎の痛みも、縫ったところの引きつりも、落ち着くのに2-3か月はかかるとのことだった。
 おもしろいのは、「顎が落ち着いた数か月後に、外科と連携して見られる矯正歯科に回そう。希望するならば、縫った傷跡をレーザーで薄くする審美外科にも紹介する」と言われたことだった。明らかに目の前の患者をなだめるために今思いついたというような話だったが、もし実際にNHSの仕組み内部で紹介されていけば、無料だろうか(2)。でも、今までの経緯では、回してくれるかどうかは、相当程度恣意的だ。




(1)

ちなみに、日常でインチとセンチで行き違うときは、換算アプリか両方書いてあるメジャーで目視確認してました。ただ、たいてい両方わかるみたいでしたが。華氏と摂氏も、アメリカと違ってイギリスではテレビはすべて摂氏。年配の方以外は通じました。

(2)

NHSでも歯科は無料ではないので、矯正は違うのかもしれません。いずれにしても、歯列矯正も傷跡の審美治療も、どこまで公費でやるかは難しい問題だと思います。ちなみに、乳がんで乳房を切除したあと、当人は希望していなかったのに、医師の強いすすめで再建までNHSで無料でやってくれたという話を聞きました。その「すすめ」において、標準治療マニュアルとか、国(保健省)の審査等がどの程度あるのかなと、今でも疑問に思っています。今回、私はイギリスで歯列矯正や審美治療を受ける時間はなかったのですが、このときのプロフェッサーKの思いつきは実行可能なのかもよくわかりません。少なくとも紹介されたとしてもそこからまた3ヶ月待ちの世界なのだとは、思います。