しばらくすると、検温をしたアシスタントナースが戻ってきて、その日の夕飯と翌日の食事の希望を聞きにきた。「お肉にしますか、魚にしますか」と聞かれて、驚いた。
――病院食って選べるの!?NHS、侮れない!
そのときはそうとしか思わなかったが、考えてみれば、人種や宗教が多様なロンドン、しかもイーストロンドンだ。禁忌は人それぞれ。口にするものが選べるのはサービスではなく、権利であり人権だろう(1)。その代わり、栄養のバランスがとれているかは疑問だが。
実際には、私は2時以降の絶食指示が出ていたが、手術になるか不確定だったので一応聞くとのことだった。その前に今食べなくていいかとも聞かれたがけがをしてから気持ちが悪いこともあって、食欲はなかった。だいたい、口は1センチくらいしか開かず、歯はたくさん欠けて、噛み合っていないのだ。何がどうなっているのか、確認する勇気もなく、磨けないのに何かを口にする気もなれなかった。
通訳さんが、顎をけがしたのだからとにかくやわらかいものをと、強く交渉し、噛まずに流し込めるようなスープ、ゼリー、マッシュポテトなどが注文されていった。
通訳さんはさらに、どんどんナースたちに交渉して、着替えやメイク落としを勝ち取っていてくださった。さらに私の持病のアトピーの薬も交渉しようとしてくれたが、こちらは医師がないと難しいとのことだった。経験上、高熱が出たりするとアトピーは収まるので、大丈夫だろうとは思っていた。自己免疫疾患なので、免疫がウィルスと戦っているときは自分を攻撃する余裕はないのではないかと勝手に思っている。
いずれにしても、言えばもらえるのかもわからない中、メイク落としは大変ありがたかった。ロンドンに長く住んでいる女性の方だったこともあるが、通訳は文化を翻訳してくれるのだ。
(1)
後日、前述のロイヤル・ロンドン博物館に行ってみたところ、やはりイーストロンドンの住民層に配慮して、メニューが多様化していったとのことでした。ユダヤ教徒はコシャー認定食品、イスラム教徒は豚が禁忌、ヒンズー教徒は牛…。今は、アレルギー対応からベジタリアン向け…。病人だから何でも食べろでは立ち行かないということが、かなり早い段階で認識されていたのは面白いです。翻って、日本の病院でこういう配慮はどこまでなされているのでしょうか。
(ブリックレーンの食材店)
[2016年8月1日追記]
日本でも、観光客の増加と五輪を見据え、色々と模索されているそうです。以下の記事をご紹介いただきました。「進む国際化 認証取得施設、1年で倍増 多言語表示/食材に配慮」(毎日新聞2016年4月3日 東京朝刊、2016年8月1日閲覧)
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