問診票を書いてしばらくして診察室に呼ばれると、若い女性医師が出迎えてくれた。名乗って手を差し出された。なるほど医師と患者も握手するのか。「お願いします」としょぼくれてイスに座る日本と受診態度も違うらしい。
 少々驚いたのが、アクセントからして、その女性医師がネイティブの英語話者ではなさそうということだった。通訳さんはフランス人ではないかと推測していたが、コスモポリタンなイギリスでは医師にも多様な国籍の人がいるのかと思い知らされた(1) 。


 「どうしました?」から始まって、色々聞かれる。問診票に書いたことの確認と、「吐き気はありますか?」の類の質問なので、こちらはYes/Noで答えていけばよい。ただ、「最近***の注射を打ったことがありますか?」という質問だけは、何を言われたかわからなかった。
 知らない単語は聞けない。「***」はtetanus。それまで私が理解している部分はあえて訳していなかった通訳さんが、「破傷風のことです」と助け船を出してくれた。きっと聞き返せば医師もわかりやすく答えるなり、Google翻訳を見せるなりして解決しただろうが、そういうストレスがないのはありがたかった。
 顎下の傷は破傷風予防の注射をするということで、言われるままに注射された。(日本でも似たけがをした友人が破傷風の注射をされたとのことで、世界標準治療なのかもしれない。)注射をしてくれた看護師は白人ではなく、英語もネイティブではないように思えた。



(1)

後にも述べるように、イギリスは慢性的に医療サービスの質の低下と医師不足に悩まされていました。その解決策の1つが、自国外でトレーニングを受けた医師の受け入れです。特にブレア労働党政権のNHS改革では、医療供給者側に対する改革として、英語圏やEUからの医師の受け入れを積極的に行ったようです。(今はスローダウンしたそうです。)
 OECD(2015)Health at a Glance 2015:OECD Indicators, p.87によれば、2013年の段階でイギリス国外でトレーニングを受けた医師は28.7%。EU諸国内ではノルウェーに継ぐ率です。そのうちの18%が他のEU諸国出身です。
 なお、もちろん、私を見てくれた女性医師が実際にイギリス外でトレーニングを受けていたかどうかはわかりません。イギリスの大学を出ているかもしれません。



図 OECD諸国における自国外で養成された医者の割合(2013年または近隣年)
f1-5-1 OECD諸国における自国外で養成された医者の割合(
 


図 自国外でトレーニングを受けた医師のトレーニング国内訳(英国、2014年)
f1-5-2 自国外でトレーニングを受けた医師のトレーニング国内訳