私がロンドンに住み始めた2015年4月で、NHS医療の対象者は、英国に6か月以上の居住権を持つ人。1年間のacademic visitor visaで入国した私も対象だった(1)。
 そんなわけで、私は、あのNHSに登録してみようという完全なるフィールドワーク気分で、着いた4月末にGP登録をしにいった。正直言えば、本当に調子の悪いときはやはり日系病院に行くだろうと思っていたので、使うことがあるかは疑問だったが、選択肢も増えるし…という程度の気持ちだった。

 ところが、在英日本人でも1~3年程度の滞在と割り切っている人の中にはGP登録をしていない人がけっこういた。2015年5月の時点で、同じ研究所に所属していた日本人研究者のうち、私を含む3名は登録していたが、2名は登録する気が全くないようだった。
 日本人はたいてい海外旅行保険に入って来ている。前述のようにロンドンにはキャッシュレスサービスに対応した日系医療機関がいくつかあるので、いざとなったらそちらに行けばいいと思えるようだった。
 子どもを公立学校に入れる場合、学校の関係で登録しておく必要があるようだったが、そうでなければ英語で受診するハードルも高い中、登録するインセンティブが働きにくいのはやむを得ないだろう。駐在などだと、手厚い保険もかけてもらっているだろうし、赴任して仕事に慣れてという怒涛の中で、それどころではないというのもあると思う(2)。
 
 小さい街だと必然的にどこに登録するか決まってくるが、ロンドンだともう少し数がある。不動産屋さんに教えられたとおり、NHS ChoicesというホームページにGP検索システム(2016年5月25日閲覧)があったので、そこで近所の診療所をいくつか見た(3)。
 徒歩で行ける範囲に、ウォークインサービスがあり、医師が数名いて直接の登録医とは別の医師に診てもらうことも可能な診療所があった。幸い新規登録を受け付けていたので、そこに登録することにした。
 電話すると、ウォークインの時間に対応するから勝手に来いと言うので、あらかじめインターネットでダウンロードした問診票を書き込み、朝一番に並ぶことにした。

f2-4-1 GP登録用紙

(登録用紙、ほかに診療所の問診票も書きました)



 受付で聞かれたのが、「医師に診てもらいたいか」ということ。どうやら、看護師だと待ち時間が短いよ、ということらしい。医師を見たかったが、看護師でよいと伝えた。
 女性看護師はネイティブスピーカーではなかった。尿検査をさせられ、身長と体重を測られ、既往症を聞かれて、3年に1回の子宮頸がんの検査が今年なので連絡が行くかもしれないが、あなたは最近受けたようなので連絡が行かないかもしれないと言われて終わった(4)。待ち時間含めて1時間もかからなかった。
 待合室には、高齢ややちょっと風邪という子どもを連れたお母さんなどが並んでいて、それなりに回転しているようだった。これならば体調不良が続くときなど遠くの日系医療機関に行かずにここでもいいのかもしれない、などと思ったりした。
 1か月くらいして、登録完了の書類が送られてきた。

 なお、ついでなので、看護師さんに持病のアトピーの薬が切れたら出してもらえるのか聞いておいた。実際にはたっぷり持参したので、ほぼ好奇心で。英文処方箋を持参するか薬が切れる前にそれを持参すれば、同等の薬の処方ができるか調べてくれるとのことだった。既往症は旅行保険ではカバーされないので、もしものときは処方箋料と薬代で出してもらえそうなのは、海外生活初期の安心材料となった。


f2-4-1

(登録完了用紙には、NHSナンバーとGPとその他インストラクションが書いてありました。)

(1)

 ちなみに、2015年4月以降、EU外からの英国ビザ申請の際に、NHS登録料を払うことが義務づけられました。「私は英国の医療にお世話になる気はない」と言い張ってみたところで、1年あたり200ポンド(学生等は150ポンド)払わないとビザが下りないのです。これは、医療目当ての移民への反発が強まる中で導入されたしくみです。
 幸い私がビザを取得した2015年1月の時点では、ぎりぎりこのしくみではなかったので、私は無料でGPに登録し、無料でNHSの医療を受けることになりましたが、その後、実際の治療の際にEU外の人には支払いをさせるといった議論までされていて、「公平・無料」って何だろう?と思わされました。
 なお、2015年はシリアからの難民が問題となっていた年で、移民問題は、雇用や社会保障の問題と結びついていることも実感しました。

(2)

 ここで出てくるのが、NHSにお世話になるつもりがなくとも、けっこうNHSに回されてしまうという問題です。GP登録とNHS受診資格は別のようではあるのですが、そんな話はまた後で。

(3)

 なんと選択という概念が登場したのは1991年の改革からだそうです。NHS Choicesというサイトができたのが2007年。GPの紹介状を持って病院に行くときに選ぶ権利が認識されたのは、2008年。GPを選ぶ権利という概念が明文化されたのは、2012年Health and Social Care Act 2012からだそうです(松本勝明編著2015『医療制度改革 ドイツ・フランス・イギリスの比較分析と日本への示唆』旬報社、pp.208-212)。それは、「ポストコード・ロッタリー」って言われるわ…。

(4)

 ちなみに、この子宮がん検診は夏ごろお知らせが来ました。無視したら、ご丁寧に2度目も来ました。でも無視しました。渡英直前に人間ドッグに行っていたので、あの検査の「フィールドワーク」とは思えませんでした。

[2016年6月23日追記] この「ご丁寧に2度目が来る」という仕組みは、「コール・リコール」という受診率アップのための対応ではないかとのご指摘をいただきました(がん情報サービス「がん検診について」「7.受診率対策」2016年6月23日閲覧)。そうしてみると、この検診についていた可愛いコピー用紙のお手軽パンフレットも、ここに書いてある「スモールメディア」という対策なのではないかという気がします!ともに最終的な医療費を抑制することを視野に入れた、エビデンスに基づいた投資ですね。

f2-4-2子宮がん検診パンフレット
(パンフレットの写真も追記)