イギリスの制度の難しいところは、プライベートの医療機関と二重構造になっていることだ(1)。1つの医療機関の中にNHS部門とプライベート部門があったりもする。これらは全額自己負担で直接受診できる。NHSのような待ち時間は少なく、手厚いサービスを受けられるらしいと漠然と認識していた。
 高額の自己負担を回避するために、民間保険がある。保険に入っていないと高額の支払いが待っているアメリカなどと違って、一方の極に無料のNHSがあるイギリスでは、保険に入るのは一部の人だ(2)。NHSの限られた資源を万人に回すためか、プライベート医療を自主的に選択することは、特に否定されていない(3)。


 日本人がしばしば頼っている日系医療機関もプライベート医療機関だし、日本人が入っていく海外旅行保険も、民間保険と言える。そのことを認識していない日本人も多く、自分は日系医療機関を頼りながら、「この国のお金持ちはプライベートに行くよねー」と話していたりする。社会の一員としてずっと住み続けるという感覚がない、留学や短期赴任では「外から目線」なのは仕方ないのかもしれないが。
 いずれにしても、私の場合は、大枚はたいて海外旅行保険に入ってきたので、本当に困ったときは日系(プライベート)医療機関で素早くよいサービスを、という程度の非常にざっくりとした認識を持っていた。お金さえ払えばいいサービスが受けられる。そんな漠たる前提を持っている日本人はけっこう多い気がする。



(1)

 プライベート医療機関について知りたい場合は、Private Helthcare UK: helping you make the right choiceというホームページがあります(2016年5月25日閲覧)。ということを、後で書くように散々苦労したときには知らず、帰国してから日本語の文献からたどって知りました。ぐすん。
 

(2)

 なお、民間保険加入率は、2011年で11.1%だそうです(松本勝明編著2015『医療制度改革 ドイツ・フランス・イギリスの比較分析と日本への示唆』旬報社, p.206)。


(3)

 NHSをより多くの人に回すために金銭的に余裕のある患者には民間の活用を推奨するか、NHSに尽くすべき医療従事者のマンパワーを民間に向けさせてしまってNHSサービスを低下させるので民間活用を強調しすぎないほうがよいとするか、その時々で政府の態度は揺れているようです。キャメロン政権では、2012年から「提供者不問制度Any Qualified Provider (AQP)」が導入され、その制度下の病院であればプライベート部門を利用してもNHS同様に無料となっているそうです(同上、pp.207-208)。
 ※このあたりは、制度がどんどん変わるので、門外漢の情報はあまりあてにしないように。