さて、私の場合、「ロイヤル・ロンドン・ホスピタルに行け」という一言で、漠とした認識が身を持って崩されることになった。プライベート病院で手に負えない場合は、結局NHSに送られるのである。
 考えてみればそうかもしれない。世界の他の都市より多めとはいえ、ロンドンに一桁しかない日系医療機関で、すべてカバーできるわけがない。医師という限られた資源が配分されている以上、プライベート病院にいい医師が全部流れていたら困る。何より、プライベート病院が完全に患者の自己負担によって採算をとらねばならない以上、すべての科の医師を万遍なく備えておくことなどできるはずがない。
 当たり前の事実をかみしめながら、キャブを待ち、キャブに揺られてロンドンを横断することになった。


 事後的に聞いた話も含むが、保険を握りしめて受診した日系医療機関からNHSに回されたという話はけっこう耳にした。子宮外妊娠で緊急手術となったケース、肺気胸で専門医に入院となったケースなど、専門性が高い急患の場合が多かった。めずらしくないガンの場合などは逆に、NHS病院のように待たされることもなく、プライベート病院の素敵な病室ですぐ治療を受けたという話も聞く。

 NHSとプライベート、どっちがいいの?という話は、このあと繰り返し自問することになるが、そもそもプライベートという選択権が与えられない場合があったのだった。
 あとで調べていれば、プライベート病院とは原則として予約制。私が駆け込んだのは、プライベート病院がサービスで設置している、Casualty Firstという軽傷向けの駆け込み診療部門だった。命に係わる救急の場合は、NHS病院。それがイングランドの鉄則のようだ。
 まあ、命にかかわってないし、日系病院に電話→プライベート病院受診→NHS病院という流れをたどったからこそ通訳派遣という知恵があったし、最終的におもしろかったからよいのだけれど。当日はけっこうつらかった。

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(これはセント・トーマス病院の写真。NHSという青地に白のマークが輝いています。まち中のウォークインにもついています。私は事故後、このマークが突然気になり始めるのです。)