「顎先の骨折は、割れた骨をくっつける手術になりますから、今日は入院してください。付け根は、上の方すぎるので、手術をすべきか、手術せずに保存すべきか難しいところです。明日、執刀医となるコンサルタントのミスターCにもう1度見てもらって結論を出しますから、今日は入院してください。」
――手術!?しゃべれているぐらいなのに、3か所も折れているというだけでも驚きなのに、手術……。
「顎の先は口の中から、付け根は耳の裏から器材を入れるので、傷は顔には残りません。」
――いやいや問題はそこではなく…。
「手術がいつになるかは、シアターのブックが(どうちゃらこうちゃら)」
――ん??
劇場の予約…!??
前後の文脈から、どう考えても、今は手術の予約の話をしている。聞いていると、通訳さんも「手術室」と訳した。
大学の階段教室もシアターだが、手術室もシアターなのか。(しかもイギリスなので、スペルはtheatre。) 後で、通訳さんが、「理解していらしたと思いますが、イギリスでは手術室をシアターって言うんですよ」と教えてくれた。なぜ劇場なのか、まな板の鯉になって見られるからか?(1)
コンサルタントというのもよくわからなかったが、手術の決定権を持つ人が「相談に乗る人」なのはそんなにおかしいことでもない気がしたので流すことにした。後で調べると、Consultantは、専門医資格を持つ医師のことだったが、ここではその中でも決定権を持つチームのトップを指していたような気がする(2)。
ただ、イギリスの病院のしくみがよくわかっていないことに気づかされ、不安ではあった。
(1)
「シアター」の謎は後に、昔の手術室は写真のようなの形で、修行中の医師(外科医)や内科医が執刀を見守ったからだということが判明しました。(実際には、ミセスの謎と同時に解けていくのですが、こちらだけ先に紹介します。)南側のセント・トーマス病院の女子外科病棟の手術室だったところがOld Operation Theatre Museum(2016年5月30日閲覧)として公開されており、土曜に学芸員による手術の手順の説明が見られます。
行きました。行きましたよ。シアターの何たるかを知りたくて。
その日の患者(仮想)は、荷馬車に蹴られて複雑骨折した女性。当時の標準では、切断…。ばい菌の概念がなく、外科医は多くの血の付いたフロックコートを(自分を汚れから守るために)着ていたそうです。患者は、見守る人のつばや汗が飛ぶ中で、ろくに消毒されていない使いまわしの器具で、麻酔なしで切断されたそうです。シアターの舞台に絶対乗りたくありません!
確証を得たくて手を挙げて質問したところ、こうやって見られるからシアターと呼ばれるようになった、で間違いないそうです。
(Old Operation Theatre)
(2)
後日、父が「医者がコンサルタントなのは変な気がする」と言っていました。日本語の「コンサル」は、経済や法の専門家というイメージが強いからでしょうが。こういうカタカナになっている英語というのはけっこうやっかいです。私は自分に「トラウマ」と言われることが最初謎でした。元々は「外傷」の意味で、日本ではpsychological trauma(心的外傷)が「トラウマ」と訳されてしまったと思い出させていただくまで。
ワーキングホリデーで渡英してすぐに気胸になってしまったという美容師さんは、「これからあなたのトリートメント(治療)をします」と言われて大混乱したそうです。美容師さんにとって「トリートメント」と言えば…(笑)。