私自身はすっかりどうでもよくなっていたが、顎の裂傷はその場で縫うことになった。深いので、溶ける糸で内側を縫ったあと、表面を普通の医療用糸で縫うとのことだった。男性医師が縫うことになった。
 こういうのは日本人のほうが得意に違いないと思ったが、ここで縫ってもらう以外に仕方ない。幸い顔の前面からは全く見えない場所だったので、骨折や歯の破損といった大事の前の小事としてあきらめることにした。
 「跡が残らないように縫ってくださいね」と言うだけ言った(訳してもらった)。
 とても若い医師は、さわやかすぎる笑顔で「そのために縫うんだよ」と返答したが、彼に器用そうな印象はなかった。


 「チクッとしますよー」にあたる英語が何だったか。slight scratchというような表現だったが、状況的に通訳される前に「チクッとします」と思えるので、最後は語学よりシチュエーションである。
 麻酔をされ、縫合が始まった。
 自分は顎をあげた状態なので何をしているかはおぼろげにしかわからなかったが、男性医師は明らかに不器用だった。

 女性医師がやってきて何やら指導を始める。私に対する会話ではなかったので通訳さんは訳さなかったが、「ほら、こうやって余分な糸を指に巻き取っておくとビロビロしないから、次の一目が縫いやすいしょう?」というような指導をしていた。
 日本(の漫画)だと、ゴットハンドは患者に傷を残さないように、鶏肉で日々研鑽を積んでいる。しかし、イギリスの現実は、私の顎を教材に家庭科の授業レベルの運針の指導が行われていた。
 傷、残っても仕方ないな…とあきらめた。

 血や傷が大丈夫なので、縫うところをばっちり見てくれていた友人は、後日、すばらしい日本語表現で、あのときの男性医師を表現した。
 「下手の長糸っていう言葉思い出したよ…。」
 そ・れ・だ。


f3-7-1 おひげ


(3日後くらいの図。乾かしたいのかガーゼも当ててくれなかったので、しばらくひげ生活になりました。あご先が微妙に腫れてます。