そんなこんなで入院することになったが、手術という話にならなければ、その場で帰されていたのだろうと思っている。キャサリン妃が日帰り出産をしたことが記憶に新しいように、出産ですらその日に帰されるのがあたりまえの国である(1) 。「社会的入院」などおそらく許されまい(2) 。NHSに回された以上、最低限のケアで帰らされるのが、当然だと思っていた。
 
 実際、最初のプライベート病院では、友人に、医師がけっこう恐ろしいことを言っていた。
 「彼女は一人暮らしなのね?彼女は下顎をぶつけているけれど、それで脳も揺れているかもしれないから、今日はあなたのおうちに泊めてあげて、何か起こらないか見ていてあげてね。」
 ――脳に影響があるかもしれないと思っても、その検査はしないのですね。そして、そこまで言っておいて、入院ではないのですね。
 友人も私もそう思った。
 直接確認していないが、たぶん友人は、私を連れて帰らねばならないときの手配を、家で待つご主人やお子さんにしていただろう。そんなわけで、手術は嫌だったが、そこから友人に迷惑をかけることなく、病院に管理してもらえるのは気が楽だった。
 
 一度家に戻っているにもかかわらず、タイトスカートにハイヒール姿。お泊りグッズなど持っていなかったが、院内着は貸与されるとのことだった。確かに周りは皆、人間ドックのときの服のようなものを着ていた。
 携帯電話の充電器を持っていたのは幸いだった。


(1)

 NHSは出産も無料です。キャサリン妃の日帰り出産については、「NHSの無料医療ではなく、プライベートでいい病室に入っているだろうに、庶民と同じにするというご決意で」という論調の報道が多かったのですが、出産経験者は口をそろえて言いました。「だって、彼女は家に帰ったほうが、赤ちゃんの面倒見てくれる人もいるだろうし、楽でしょ?」たしかに…。
 医療にできることが限られていた時代、お金持ちは病気をもらう危険のある病院などに行きませんでした。

f4-1-1 19世紀の出産


(写真は、科学博物館の医学史コーナーより、19世紀の自宅での出産。)

(2)

 実は「ベッドブロッキング(退院遅延)」といって、入院の必要性がない患者(高齢者)の退院が進まないがために必要な患者が入院できないという問題(つまり日本で言うところの社会的入院)は指摘されていたようです。待機時間の短縮は、ブレア政権のNHS改革の肝の1つでもありました。だいぶ減少したようです。


f4-1-2退院遅延日数

(出典)柏木恵2014『英国の国営医療改革:ブレア=ブラウン政権の福祉国家再編政策』日本評論社, p.151より重引