心のどこかで消化試合であることを期待しながら、CT待ちという宙ぶらりんの時間を過ごすことにした。熱は相変わらずあったが、健康なことにお腹が減ったという感覚が戻ってきた。そこで、欠けまくってかみ合っていない歯は不安ながら、体力をつけようとスープやマッシュポテトや、看護婦さん一押しの流し込めるシリアル
Weetabixを食べた。

 マウスウォッシュをもらい、磨ける歯をそろそろ磨いてうがいをしたら、変だ変だと思っていた右上の歯の銀歯がとれた。神経がないはずなのに痛いと思ったのは、この歯だった。何か中で炎症を起こしているのかもしれない。根が露出した状態ではなかったが、薄い外壁しか残っていないようなひどく不安な状態だった(1)。

 ようやく鏡でよく自分の顔と口がどうなっているのか確かめた。実感としては歯が欠けて、上下の歯は間に何か挟まったかのように浮いてまったくかみ合わず、口の中がぐちゃぐちゃになっている感じだったが、見た目は大して変わっていなかった。明らかな痛みのあった右側を含めて、顎の付け根は目立つほど腫れてはおらず、むしろ顔色が白くなっていることもあって、外からは骨折しているとわかるような状況ではなかった。
 外壁部分が弧を描くようにえぐれている歯が4本。そのうち1本は触ると沁みた。お口の中、大惨事…。自分しかわからない程度に下あごが一回り大きくなっていて、その下からひげのように縫った糸が伸びていた。
 
 家族のある友人には帰ってもらい、通訳さんに残っていただいた。通訳さんから、色々な経験を聞いた。電話で手術の通訳をした話、意識不明の方の寝言を聞き取るよう命じられた話、お亡くなりになったケースのご家族の通訳をしたつらい話。ニュースにならないところで、色々な人が外国で医療の世話になり、保険と通訳の世話になっているのだと知った。


 CTは幸いに時間通りに呼ばれることになった。いわゆる車イスではなく、車のついたイスの背に棒が伸びているものに乗った。棒をがしっとつかんだ「ポーター」(とTシャツに書いてある)に、引っ張られながらエレベーターや数々の壁を突破していくのだった。しかも後ろ向きに。ドアの構造上合理的だったが、まさに荷物としてポーターに運ばれているような気分だった。
 ポーターからCTスキャン担当者に渡された直後、担当の女性が私を壁にぶつけそうになり、ポーター氏は「バッドドライバー」と指差して去っていった。

 CT室前には意識がなさそうな人や、顔が青あざになっている人などたくさんいた。それに比べて、私が順番待ちするのはやむを得ない。人生初のCTスキャンは滞りなく終わり、私はまた別のポーターに運ばれた。



f5-1-1ポーター

(車イス。押す形だとドアを開けにくいので合理的ながら、運ばれてる感はなはだしい。)
 

(1)

 この歯、あとあと色々大変なことになるのですが、神経を抜いた歯でなかったら激痛だったかもしれないので、よかったです。