その後も、なんとか鬱々よろよろしながら生活を続けた。豆腐と卵しか蛋白源がとれないこともあって、2週間経っても全然体力が戻らず息切れしていたが、口は少しずつ開き、顎は徐々にしっかりしてきた。
 ただ2週間間が空いたことは、とても不安だった。その間、治癒の過程で日々色々な症状が現れたからだ。
 関節の骨折部付近の痛みが移動し、突然周囲の歯が痛くなったり、風邪でもないのに喉が腫れたようになったり、頭痛が出たりもした。腫れが中心からひいて、周囲に痛みが拡散しているのだろうと予想はしたが、不安だった。顎先の骨折部についても、首にリンパ節のしこりが現れたり、顎が引っ張られるような感覚があったり、唇がしびれたりした。歯が欠けているところも、腫れたりして大変だった。
 やはり1週間ごとにこういった不安を解決できたらよかったのにと思わざるをえなかった。

 2週間待ちに待った3回目の診察では、最初に診断する医師は、あの私の顎を縫ってくれた若い男性医師だった。そして、驚くべきことに、プロフェッサーKは休みということで、ミスターCが1人で診察に現れた(1)。
 診断は簡単だった、順調。彼は、誠実に私の疑問には全部答えてくれた。予想していたことではあったが、ほとんどの質問は「治っている途中でそういう症状もあるだろう」とあしらわれた。医師からその言葉がもらえると、安心した。

 だが、問題は、歯科治療に関する診断だった。事故で欠けてしまった歯をめぐっては、1回目の外来から医師の言うことが二転三転していた。
 当初は、口が開くようになったら勝手に歯医者に行くようにということで、1度目の外来診察の若い女性医師は、「次かその次くらいの診察が終わったあたりで、どこか歯医者の予約をとっておけばちょうどいいのでは?」と言っていた。ところが、2度目の診察を担当した若い女性医師は、右上の銀歯がとれてひどく折れた歯について、根まで折れていて抜歯せねばならないか、根は無事なのかを歯科の救急に回してみてもらえると言い出したのだ。
 ――そんなことが可能ならば、なぜ入院時や、初回診察時はそういってくれなかったのか……。
 だが、運悪くその日の診察は夕方だったので、もう救急は終わっているとのことだった。予約をすると何週間待ちになるかわからないから、救急扱いで受診するのがいいので、翌日以降、自分で歯科のA&Eに朝から並ぶか、次回に救急扱いで口腔外科から歯科に回してもらうのがいいという話だった。
 それで、結局、気力体力の問題もあって2週間待ったのだが、若い男性医師は、2度目の医師の提案を全否定した。救急に回しても折れていたら抜く、折れていなかったら正規の予約をとれとなるだけだから、意味がないから回さないとのことだった。
 ――2週間待ったのは何だったのだろうか……。
 何より、毎回違う医師が一から記録を読んで、全然前の人の診断を尊重せず、その都度違うことを言うという体制自体に何とも納得できないものを感じた。


(1)

 だんだんわかってきたのですが、私の担当は、プロフェッサーKとミスターCのチームのようで、2人のどちらかとそのチームの若い医師という組み合わせで診察する体制のようでした。常にトップが固定されているという点については、後日、あえていつも全く違う医師が出てくる病院が多いという話を、日系病院の医師から聞きました。必ず著名なゴッドハンド先生に診察してもらえるとなると、紹介制度とはいえ、そこに患者が殺到してしまうからだそうです。ここでもまた、公平・平等であることがもたらす体制の問題を考えさせられました。


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(サーモンのSUSHI)
※2週間すぎたころからだんだんチャレンジャーに。このころ最高に飢えてました笑。卵と牛乳以外のもの…ということで、ロンドン中で売っているこれとマックのポテトは重宝しました。なお、帰国後の日本の医師より「口が3.5センチ開いたらすしをシャリとネタに分離せずに食べられる」という謎の日本的到達目標を掲げられたのですが、このときは分離して食べました笑。