この頃には、私はNHSのスキームから脱出したくて仕方なくなっていた。プロフェッサーKがどうも適当な感じがしてウマが合わないこと、電話してもたらいまわしですぐに切れるようなイギリス標準ともいうべきアドミニストレーションにあきれたことはもちろんだったが、個別の医師や病院に不安を覚えたときに、自分の意志ではどこにも行けないという仕組み自体がもう嫌だった。
 元はと言えば、受傷直後にプライベート病院に行ったはずだった。海外旅行保険は、プライベートでの診察料くらいカバーしてくれるはずだった(1)。それなのに、NHSに回されてしまった。そして、NHSに不信感を抱きながらもプライベートに逃げるでもなくぐずぐずすることになったのは、結局のところ、ではどこに行ったらよいかがわからなかったからだった。

 Maxillofacialで検索をかけても、プライベート医院で出てくるのはこぎれいな美容整形外科とか矯正歯科関係のところばかり。いわゆる外傷の治療をやっていると謳っているところがなかった。外傷は、プライベートでは採算がとれないのだろうか。
 プロフェッサーKのチームを離れて、ちょっとセカンドオピニオンを受けたいというたったそれだけの望みが、実現の道を塞がれていた。

 誰もが公平・平等に医療が受けられる制度とは、誰もが公平・平等に医療が大して受けられない制度だった(2)。そして、高度化・高額化する医療の前に、なんとかその公平性を維持するために、恵まれた人がプライベートへのオプトアウトすることは否定されていなかったはずだが、すべての疾患でオプトアウトできるわけでもなかった。


(1)

2-5)2-6)参照。


(2)

 NHSができた当初の医療水準では、医療が救えた疾患など限られていたでしょう。その程度の「医療」を全員に税で保障するという設計思想なのだから、高齢化が進み、医療が高度化する中で、全員が平等に無料できめ細かな治療を頻繁に受けられるという話であるはずがなかったのです。
 もちろん、「大して」という表現はこの時点の私の状況に即した主観的なもので、命にかかわるようなときには差別せずに救ってくれるわけですし、お金がない人は死んでください式のアメリカ型の制度(実際は慈善病院などもありますが)に比べて、とてもありがたい制度であることは間違いありません。私のケースは、単にそこまで大事ではないケースだったのです。
 でも、私は、自分で(保険で)お金を払えるから、もう少し医療資源を投下してほしいと強く思いました。そうしてくれたらもう少し後が楽なように治ったのではないか、という気持ちを、せめてセカンドオピニオンでぬぐい去りたかったです。それが受けられない仕組みの穴にはまってしまったなあということは、今でも思っています。2-5)にも書いたように、NHSも、制度上は強者は自前でNHS外部でフリーアクセスで高度なサービスを確保してよいことになっています。むしろ、そのことで限られ資金を弱者に回し、無料で公平・平等な制度を何とか維持しようとしているはずです。しかし現実には、プライベート病院がすべての地域にすべての科でそろっているわけでもなく、いつでもどこでもプライベートにオプトアウトできるわけではなかったのです。

f7-8-1ロンドン新旧

(写真のネタも尽きたので新旧ロンドン)